琉球大学の教授が、生成AIの出した「実在しない判例」を確かめないまま著書に載せ、出版社が回収・絶版にしました。出版社の高文研が2026年9月24日に告知し、10月10日に著者のお詫びを追記しています。
専門家でも起こした失敗です。調べものや仕事にAIを使う人なら、だれにでも起こりえます。公式のお知らせをもとに、何が起きたか、なぜ起きるか、どう確かめるかを整理します。
何が起きたのか
回収・絶版になったのは、島袋純(しまぶくろ・じゅん)琉球大学教授の『無責任の体系と沖縄戦―戦争犯罪・語り・平和教育―』です。高文研が2026年9月11日に刊行しました。A5判・並製・184頁で、税込定価は2,420円です。
高文研のお知らせによると、問題は147〜149頁にあります。「沖縄戦におけるスパイ容疑住民虐殺に関する国際裁判の判例」として挙げた①②③の3件が、現実には存在しませんでした。指摘を受けて確かめ、実在しないと分かったと、著者は書いています。
高文研の「回収・絶版のお知らせとお詫び」の本文(出版社の説明部分)出典: 高文研「『無責任の体系と沖縄戦』回収・絶版のお知らせとお詫び」(引用)
著者の説明
著者の説明は次のとおりです。
- スタンフォード大学図書館のデータベースのURLを生成AIに入れた
- そのデータベースから、沖縄での日本軍による住民殺害の事例を出すよう指示した
- 出てきた英文の判例を、データベースから引き出したものだと思い込み、採用した
- 当初は授業の配布資料に使い、その後、確認・精査せずに著書にも使った
著者は「史料に対する真摯な態度を欠き、研究者としてあるまじき失態」と述べ、反省しています。
日付と対応
| 日付 |
できごと |
| 2026年9月11日 |
本が刊行された |
| 9月18日 |
回収・絶版を決定 |
| 9月24日 |
出版社が告知 |
| 10月10日 |
著者のお詫びを追記 |
著者は、授業の受講生(卒業生を含む)に、誤りとお詫びをメールで知らせるよう学部に依頼しました。著書の中の別の誤りも認めています。伊佐眞一氏の論考のタイトルを誤って書いていたもので、参照元を誤り、初出の確認を怠ったためと説明しています。
AIを使った他の箇所にも誤りがないか、いま精査中です。誤りが分かれば、改めて公表するとしています。
出版社は、AIを使った原稿に限らず、校正・校閲(編集時の確認作業)の徹底をはかり、再発防止に努めるとしています。個人の購入者には返金します。
なぜAIは実在しない判例を出したのか
生成AIは、膨大な文章から学んだ「ありそうな言葉のつながり」で文章を作ります。事実を調べて答えているわけではありません。そのため、実在しない人名・本・判例を、本物らしい形で出すことがあります。もっともらしい誤情報を作るこの現象を、ハルシネーションといいます。
大阪大学の「生成AI教育ガイド」も、次のように注意しています。
生成AIは、あくまでもデータに基づいて「それっぽいこと」を生成しているにすぎません。
出典: 大阪大学 全学教育推進機構「生成AIに関する注意点」
文体も整っていて、英文なら体裁も本物の判例に見えます。見た目では、本物と作り話を区別しにくいのです。
URLやデータベースを渡しても安心できないのはなぜか
今回の著者は、データベースのURLをAIに入れて指示しました。URLを渡せば、そのデータベースから引いてくれると考えるのは自然です。
ただ、生成AIが指定のページを実際に開いて引用しているとは限りません。開けていなくても、開いたように見える文章は作れます。判例の番号・事件名・年月日のような細かい情報も、それらしく作ってしまいます。どの製品がどう動くかは別の話ですが、「渡したから本物のはず」とは言えません。
大阪大学のガイドは、根拠も同じだと書いています。
- 根拠となる情報を出力させることはできる
- その情報自体が間違っている場合もある
- だから根拠も、自分で正しいか確認する必要がある
AIが出した出典の欄も、確かめる対象です。
大阪・関西では
関西の大学も、生成AIの出力は自分で確かめるよう呼びかけています。
大阪大学は、全学教育推進機構のページで、生成AIが「間違いを生成する」ことを第一の注意点に挙げています。生成された情報の真偽を確かめるファクトチェックは、必ず人の手で行う必要があるとしています。
関西大学は、2023年7月7日に副学長(教育推進担当)の名前で、レポート作成などでの生成系AIツールの使い方を示しました。生成された文章や質問応答には、誤りや剽窃などを含むものがあるため、学生自身が内容の正確性を確認する必要があるとしています。使った場合は、他の文献を引用したときと同じように明記します。
どちらも学生向けの案内ですが、卒業論文だけの話ではありません。会社の資料、商店のチラシ、地域の会合の配布物でも、同じことが起こりえます。
今日からできること
AIの出した内容を使う前に、次の順で確かめます。
- 出典は自分で開く。AIが書いた書名・判例・URLが、実際にあるかを見る
- 原文と見比べる。AIの要約や引用が、原文のとおりかを見る
- 検索しても出てこないものは、使わない。見つからないことは、危険の合図
- 公式の発表・法令・原典・図書館のデータベースなど、元の資料に当たる
- 数字・日付・固有名詞は、特に念入りに見る
- 重要な文書は、人にも見てもらう。出版社の校閲もその一つ
- 使ったときは、AIを使った旨を書く。学校や職場に決まりがあれば従う
時間がないときは、全部を確かめるのでなく、他人に見せる部分と、結論を支える部分から確かめます。確かめられないものは載せません。
高文研は、本を持っている人に返金すると案内しています。手元にある場合は、お知らせの手順を確かめてください。
AIの答えは「もっともらしい」だけやさかい、出典は自分の目で開いて見とくんやで。